潔受 / 全て幻覚と妄想 / 未来捏造多め / 無断転載禁止 / 閲覧は自己責任でお願いします ■ last up 230408 カイいさ ss【4】 ■ web拍手 / お返事
オメガバース設定 / ♡喘ぎ / 細かい設定を気にせず読む話
未来軸if BM所属 / 半同棲無自覚両片想い
マフィアパロ / 潔に男女ともに性経験あり / 好き勝手書いているので何でも許せる方向け
逡巡した結果、潔は『来ていません。見かけたら連絡します』と、日々精進中のたどたどしいドイツ語で返信した。 勝手に作った合鍵で勝手に入ってきて、用件も言わずに人の膝を枕に寝息を立てている美しい男を、潔は嘘をついて隠してしまうことにした。すぐに彼のマネージャーから『よろしく頼みます』と返事が来て、胸中で手を合わせて謝罪する。この男の所在を求めて連絡してきたマネージャーが奔走していることを考えると心が痛むので、一時間後には連絡してやろうと思いちいさく嘆息する。 その実力と容姿に応えるように、試合以外でも完璧な面を見せる美しい男――カイザーは、主義や矜持をすべてひっくるめて己のために全てをこなす。かといって自己研鑽を疎かにする男ではなく、そんなことはまんまとドイツまで来てしまった潔ですら良く知っていることだった。 出したくもない結論を、察したくない状態を考えるに、今のカイザーは限界が近かったということだ。 リビングのソファで部屋着でくつろぎつつ、試合動画を観ていた潔のことなど気にせず、カイザーは背中を丸めて横寝をしている。二人掛けのソファはその長身を収めるには窮屈だろうに文句ひとつ言わず、心なしか青白い顔を明かりの下に晒して。 「……疲れてんの?」 呟きに答える声はない。 潔は膝に散っているカイザーの髪を優しく整えた。首筋の青薔薇のタトゥは万人を惹きつけてやまず、彼のプレーはその花の通り、不可能を可能にしてきた。殺意を以って追いかけてようやく同じ目線に立つことを許されてからは、どうしてか友人以上恋人未満のような関係を続けており――ドイツ人の恋愛観が分からないことと、どうあってもサッカーを優先してしまうことで、この膝枕が正解なのか潔には分からなかった。 流れっぱなしの試合動画を止め、ソファの背に引っ掛けていた自分のパーカーをかけてやる。無いよりはマシだろうと思ってのことだったが、それは彼の気を引いたようだった。 堪えきれず、といったふうに、カイザーが低く笑い出す。 「いい子だ世一。キスしてやろう」 「いらねえから寝てろ。一時間後には連絡す、」 連絡するから――と、最後まで言わせてもらえなかった。伸びてきたタトゥの入った腕はその柄の通り、潔に棘のついた蔦を伸ばし、引き寄せて絡めとる。目の前に美丈夫が現れたと思った時には口付けられていた。 触れて離れるだけのそれに満足そうに吐息を零したカイザーは、潔の膝に頭を戻すと、先ほどと同じように目を閉じた。本当に疲れているのか、誰にも邪魔されないところで休みたかったのか――それとも、それとも……甘えたかったのか。 潔は再度ちいさく嘆息すると、カイザーの側頭部に口付けた。肩に置いていた指を褒めるように握られて、高慢な物言いが出てこないことに調子を崩される。 「……ばーか」 敗け喧嘩の時のような悪態は、日本語で。 結局十五分延長させてしまった甲斐あって、マネージャーが迎えに来る頃にはいつもの彼に戻っていた。上機嫌に甘やかな眼差しを向けて、カイザーは潔に「また来る」とキスを投げた。 来なくていい、とは、どうしてか言えなかった。
「あらら」 挨拶よりも先に、蜂楽が目敏く見つけたものが何か理解したのだろう――潔は「久しぶり」と言いつつもそっと目を逸らした。 オフシーズンになり、試合以外で会うのは実に半年ぶりとなった相棒は、他人の色に染まっていた。決して誰の色にも染まらず、自分を変えては脱ぎ捨てを繰り返していた彼が、だ。 「おひさ。ちょっと見ない間によいちクンにはご主人サマができたようで?」 「ちげーから。そういうのじゃない、と思うけど……いや、わかんねえ、何考えてんだろ……」 潔の前に座った蜂楽は白ワインを頼むと、潔が手持無沙汰に触れているグラスの中身がアルコールではないことに気が付き、飲もうよと誘う代わりにメニューを振った。 「いや、飲みたいんだけどさ……、連れてく店以外で飲むなって言われてるから……」 言いにくそうに、腹立たしそうに、不服そうに、潔の喉奥から搾り出された『酒を飲まない理由』に、彼にそれを課している者に容易く思い至り、蜂楽は「ははーん」と声を出す。 「勝負、まだやってたんだ。とっくに向こうが飽きてると思ってた」 蜂楽はやってきた白ワインを煽ると、唇を尖らせながらコーラを少しずつ嚥下している潔の左耳にもう一度視線を投げる。そこには青い薔薇のピアスが嵌まっていた。 「それも負けた証ってこと? この間会った時は空いてなかったよね?」 耳、と遠慮なく聞く蜂楽に、聞かれることを想定していたのだろう、潔が渋々答える。 「アイツ、俺に嫌がらせするの生きがいみたいになっててさ、これは二個前の勝負に負けた時に空けられた。普段は透明なのして目立たないようにしてるんだけど、今日蜂楽に会うって言ったらコレつけられて、髪いじられて、なんか香水臭くされた」 ホント俺が嫌がることしかしない――と、潔を不機嫌にさせている人物は、ご丁寧に潔の左側の髪をピンで止め、自分の香水を吹きかけた上でつけたようだ。 それは蜂楽には、ピアスは『見える主張』に見えたし、香水は『潔が会話に熱中してもふとした時に思い出させるため』のように思えた。 潔はその人物――カイザーに食らいつくためにはるばる渡独しているので、彼にも並々ならぬ感情と執着はあるのだが、カイザーには別の意味も含まれていそうだ、と思った。プライベートで連れ回されても、学ぶことが多いからと付き合っていると文句を口にする潔の鈍さにも問題はありそうだけれど。 「相棒の鈍さに感服するよ」 「はぁ?」 両手を上げて降参のポーズを取る蜂楽に、何がだよと顰め面の潔が理由を聞こうとしたところで、ブブッと短い振動がした。テーブルの上に置いてある潔のスマートフォンの液晶が光っている。 「ご主人サマ?」 「だから、そうじゃないから。アイツに下るなんて死んでもしねえ」 ぶちぶちと文句を繰り返す様子から、連絡はカイザーからなのだろう。内容を確認して、ふん、と鼻で笑った潔は返信せずにスマートフォンを戻した。 潔とカイザーは、重要な試合での得点数を勝負している。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く、という単純かつ厄介なご褒美は、潔を鼓舞すると同時に、囲い込まれていることに気付かせない。 連続で振動し、光り続ける液晶に、「うるせえ死ね!」と言いながら潔がスマートフォンをバッグにしまう。そうして蜂楽からメニューを奪うと、アルコール一覧にざっと目を通した後、結局もう一度コーラを頼んだ。そんな彼に蜂楽は思わず吹き出した。 納得いかなくても、不服でも、勝負の結果であるならきちんと守ることは彼の美徳だ。 ――けれど。 「気に入らないよねえ……」 潔が強くなってくれるのは大歓迎だが、個人まで捕られるのはよろしくない。蜂楽は全力で邪魔してやろ、と胸中でカイザーへ舌を出した。
見慣れたようで違和感が拭えない心地のまま、潔は乾いた空気の中を散歩していた。 渡独してから半年、色々なことに追われていたけれど、ようやくドイツ語にも慣れ、散策する余裕が出てきた。気温は低めだけれど天気は良いので街へと繰り出した潔は、日本製のドイツのガイドブックを片手に人心地つける場所を探していた。 昼時を外れた時間帯は行き交う人もまばらで、潔を気にする者はいない。ユニフォームを着ていなければこんなものだ、と華のない外見を自負している潔は逆に堂々と歩いていた。 ふと、スーツ姿の男性とすれ違う。その背の高さに『同じくらいだな』と思った瞬間、シックな色合いの外観をした店内が視界に入り込む。潔が歩いているメインストリートに向かい合う形で設計されたカウンター席――そこに、思い浮かべた人物が座っていた。 あ、と思った時には目が合っていた。 無理矢理、ぐるりと大げさに前を向いた潔は、足掻くようにガイドブックへ視線を落として気づいていないふりをした。オフの日くらい顔を見たくないし、目が合った男は伊達眼鏡をかけているくらいだ、向こうもそうだろうと思っての行動だったが、そうではなかったらしい。 「無視とはつれないな」 軽やかな身のこなしとスピードで、立ち去ろうとした潔の首根っこを掴んだカイザーは、上機嫌に潔を店に連れ込んだ。 店内はひどく静かだった。ビジネスマン向けのコーヒーショップらしく、メニュー看板を睨んで確認した値段は高め。本のページを捲る音かタイピングの音しか聞こえない上品な空間は、庶民派の潔には場違い感が否めなかった。 店内を見渡していた潔をカイザーが指先で来いと告げる。高級感ある空間で反論するのは無作法だとさすがに察し、潔はしぶしぶ彼に従った。 適温に保たれた暖房に、上品なコーヒーの香り。窓際のカウンター席で寛いでいたであろう男の隣に腰掛ける。潔が店内を観察して萎縮している間に手早く会計を済ませたようで、カイザーの手元にはカップがふたつあり、ひとつを手渡された。 「にが」 「はは、ここのエスプレッソの良さが分からないなんて世一はおこちゃま舌だな」 一口すすって顔を顰めた潔を笑ったカイザーは、どうしてか今日は嫌みがなく、手元にあったカップと潔のカップを交換した。湯気立つそれは先ほどカイザーが追加注文したであろう熱さで、最初からこっちをよこせよ、と潔は唇を尖らせた。 分厚いガラス超しに存在する外の喧騒が無音映画のように流れていく。伊達眼鏡だけでは隠しようもないオーラと美貌が外からの視線を吸い寄せていても、カイザーはそれを完全に無視して寛いでいる。 この男は、ピッチを降りると静かなのだ。 煌びやかな外見を惜しみなく晒し、技巧を見せつけながら選手としてコートに立っている時、もしかしてカイザーは不遜さを演じているだけなのではないかと一瞬思えてしまうほど、選手でない時の彼は静かなのだ。潔はそんなこと知りたくなかったし、交換されたカップの中身がカプチーノだったことも知りたくなかった。 優しい甘さと上品な香りが、いつもの性格の悪さが半分以下になっているカイザーが、潔の調子を狂わせる。 手持無沙汰にカプチーノのカップを握ったり離したりしていると、潔のガイドブックを引き寄せたカイザーが「ふぅん」とページを捲り始める。日本語は不得手なくせに、写真と店名だけで察した彼は勝手にページの右上を折り、ペンで丸を付け始めた。 「比較的マシな店を選んでやったから喜べ。それとも、行きつけに連れて行ってやろうか?」 「絶対に行かねえ」 カイザーに荒らされたガイドブックを取り返す。穏やかに柔らかく笑うカイザーに毒はなく、どうして目が合ってしまったのだろうと思った。彼の手元には手帳とペン、タブレットがひとつに本が一冊。一人で静かに過ごしている時間を邪魔したいわけではないし、嫌味も毒も薄い彼のことなどこれ以上知りたくないのに――そう思っていたら急に頬をつねられた。 「……なんだよ」 「別に俺のことなんて気にしなきゃいいのに。かわいいね、お前」 「はあ?」 小声でこそりと、まるでペットショップのショーウインドウを眺めている時のような甘いトーンで囁かれる。テーブルに肘をついてこちらを覗き込んでくる美貌は、顔を顰めた潔の側頭部に口付けた。嫌みの応酬がコミュニケーション方法の一つとなっているせいか、こうしてたまに愛玩動物でも愛でるかのような言動をされるとどうしていいのか分からなくなる。 絶対にこんな飲み方をしたら勿体ないけれどカプチーノを喉へ押しやる。「ごちそうさま」と棘のある声でカップを置けば、カイザーは楽しくて仕方がないといった表情で笑っている。 「つれないし、色気もない。でもかわいいよ」 「俺に求めるな、そんなもん」 席を立った潔は足早に店を出た。先ほどよりも気温が下がったように感じられるのは、隣に誰もいないからか。 振り向けば、またあの男と目が合った。わざとらしく手を振るカイザーに中指を立てて、無理矢理前を向く。 知りたくない。彼の甘さも、静けさも、コートでの彼以外、何もかも。 理解したくない。自分の中に、後ろ髪を引かれる気持ちがあることなんて。 犬への戯れのキスは、カイザーの『かまってほしい』サインだ。飽きるまでかわいがられてだめにされ、このガイドブックのように荒らされる末路なんて、死んでも迎えたくない。
記事の見出しには、『同チーム内熱愛』『不仲説はポーズか』とあり、潔は「三流」と言って新聞を手で隅へ追いやった。「記念に」と面白がってスポーツ新聞を買ってきた蜂楽が見せてきたものだ。何が記念だ、何の記念だ。 勝利を嚙みしめる間もなく、騒がしい世間から逃げるようにして潔は異国のバルで肉をかじっていた。ドイツとは味付けの異なるそれを、異文化交流半分憂鬱半分で咀嚼する。 「潔って、男の趣味悪いよね。キング、凜ちゃん、って続いて皇帝サマ」 「馬狼と凜は趣味いいだろ」 「えー、そうかなあ?」 アルコールに浮かんだ氷をからりと揺らしながら、蜂楽が失笑した。はるばるスペインまでやってきて、バルで蜂楽と二人で飲んでいるのは、一週間足らずでは喧騒が収まらなかったからだ。 先日の試合で、勝利の興奮のままに潔はカイザーに抱き着いた。そしてカイザーは潔に熱烈なキスをかました。鼓膜に響く悲鳴のような歓声と、「ゲ、ついにやりやがった」というチームメイトたちの呟きが、耳の奥で木霊している。ついにってなんだ、ついにって。 持てる技術をすべて出し切り、更に一歩前へ進めたことを実感できた試合だった。潔がドイツに移籍して早三年が経ち、カイザーとはチームのツートップとしてゴールを奪い合う日々だ。抱いていた殺意がほんの少しだけ情に変わってきていたなと感じ始めた頃、これはいつかやってしまうかもしれないなと警戒を始めた矢先だった。 一時のテンションとはいえ、ブルーロック出身のチームメイトにはよくやる行為を、あろうことかカイザーにやってしまった。 「皇帝サマは潔の中で趣味悪い枠なんだ?」 「悪いだろ。性格最低だし。あいつ、パフォーマンスだと言わんばかりに俺を抱き上げてからキスしたんだぞ」 「見た見た。俺、しばらくこれで笑えるなあ」 スマホを操作した蜂楽が、ブックマークしているのかすぐに該当のシーンの動画の画面を見せてくる。潔はそれも手で押しやり、画面を閉じさせた。 「あれはその場のテンションだから。マジで」 「分かってるよ。でもさ、潔はそうかもしんないけど」 「ストップ」 ――皇帝サマはそうじゃないんじゃない? そう続きかけた言葉を音にされたくなくて、潔は蜂楽を制止した。そんな潔の様子に蜂楽は何も言わずに肩を竦めた。 仲を見せつけているようだ――と世間は黄色い声を上げ、一方では侮蔑混じりにけなした。ジェンダーだの性差別だのに話が飛躍して、苦言を呈する日本人までインタビューに現れて、辟易した。一週間、テレビをつけるのも、ネットを開くのも億劫で、ドイツにいたくなくなってしまったのだ。 「潔は潔癖だよねえ」 「はぁ? 潔癖だったらそもそもブルーロックにいられねえだろ」 「身体的な話じゃなくて、精神的な話。誰にも触られたくないから、ドイツにいたくなくなっちゃったんでしょ?」 蜂楽の言葉には一理あった。……あると思ってしまったから、黙り込んだ。 好きじゃない。付き合ってない。でも、世間一般的な単語に収まる関係に俺とカイザーをくくるな。誰も理解するな。誰も入ってくるな。誰も――触らないでいてくれ。 試合中の視界は、ボールと、ゴールと、カイザーだけでいい。 これは一種の執着で、潔は、自分とカイザーにしか見えないものに夢中だった。凜とは違う温度と湿度を持った『それ』を、ずっと感じていたかった。とても癪ではあるのだが、潔は自分がカイザーを特別視していることをきちんと理解していた。 むすりとした潔に蜂楽が何か言おうと口を開きかけたところで、潔のスマートフォンが着信を知らせた。一度目、無視。切れる。二度目、無視。切れる。三度目、無視。切れる。 「……出ていーよ?」 「……いや、喧嘩になると思うし……」 四度目、無視。切れる。 五度目――「だーっ! うっせえ! なんだよ!」 『どこにいる?』 「……スペイン」 『何故』 「……俺って男の趣味が悪いらしいから」 『堂々としてればいいだろ』 「お前と違って繊細なもんで」 音信不通を貫いたのに、たかだか五度目のコールで電話に出てしまった。スマートフォンの向こう側にいるカイザーは機嫌が悪そうで、ちくちくとした嫌味が続くことを考えると気が滅入る。さっさと切ってしまいまいたかった。 「いいだろ別に、休暇だし」 『帰って来い。迎えに行ってやる』 「いーやーでーすー! また記事にされたらお前だって迷惑だろ。そもそもお前があんなことしなきゃ、」 「あ! やっぱり、イサギヨイチ!」 酔っぱらっていい感じに出来上がったドイツ人が二人、潔と蜂楽がいた端のテーブルを指さして近づいてくる。ドイツ語だったので蜂楽は反応が遅れていたが、すぐにむっと眉根を寄せた。彼らの大きな声はバル中に響き渡り、視線が一斉に集まってきた。電話口のカイザーも黙っている。 「ちょっと――」 「この間の試合もすごかったぜ! 俺たちお前のことけっこう好きでさ、カイザー派のやつといつも賭けてんだ」 「熱烈なアレはノリだったんだろ? カイザーなんて趣味悪いからやめとけよ」 「どう見ても性格悪いし、イサギヨイチには似合わないぜ」 がたりと、わざと音を立てて潔は立ち上がった。潔より視線が上にある二人は、カイザーを選ぶなんていかに趣味が悪いか、もはや悪口のレベルで盛り上がっている。酔っているとはいえ、モラルもなにもない上に、まさか今本人と電話が繋がっているとは思っていないだろう。潔のスマートフォンがみしりと音を立てた。 「ハァ? いい趣味だろうが」 潔が切り込んだ言葉は良く通り、水を打ったようにバルは静かになった。 「応援ありがと。これからも俺に賭けてくださいね」 ぺこりとお辞儀した潔が改めて腰掛けると、バルは徐々に喧騒を取り戻していった。蜂楽がテーブルを叩きながら笑い出すと、丁寧だったがそれ以上の言葉を許さない潔の圧に、酔いが少しは冷めたのか二人はそそくさといなくなってしまった。 『……いい話を聞かせてもらった。それで? お前の趣味が悪いって?』 「……悪ぃだろうがよ」 『今晩は見逃してやる。明日帰って来い。お前の趣味の悪い男が迎えに行ってやる』 「来んな。ぜってぇ来んな」 無理矢理通話を切った潔は、己の失態に顔を手で覆った。「潔ー、SNSもう荒れ始めたよ」と言う蜂楽の顔は見れなかった。
ものぐさな凪が昨夜送ってきたメッセージは、『明日の便で帰る。泊めて』という、『帰ってくる』ということしか分からない簡潔なものだった。 プロ選手となった潔は、オフシーズンをのんびり過ごせるように空港からアクセスの良い土地に部屋を借りていた。管理が面倒という理由で日本での拠点を持たない凪が転がり込んでくることは多く、潔がいない時期も勝手に入り込んでおり――潔もまた、それを許していた。 明日の何時の便で、何日泊まる気なのか――潔は欲しい情報を得られないままメッセージアプリに向かって嘆息した。口うるさいと捉えられかねない返信をするか、千切もしくは玲王に聞くか悩んでいると、見計らったように千切からメッセージが届いた。 『正午頃到着予定』 助かった、と返信する潔を、千切はきっと笑っている。わざわざ送ってくれたということは、潔の部屋に転がり込む気満々の凪はすでに眠っているのだろう。 断られることを考えてないのかアイツは、と潔は思ったが、残念ながら潔に断る理由がなかった。なんだかんだ相性は悪くないし、たまに喧嘩もするけれど凪に甘えられて悪い気はしないのだ。 明日のスケジュールが何もないことを再確認し、朝の走り込みルートを変えることにした。大きめのリュックに何枚かエコバックを入れて、文句を言うだろうが買い物を手伝わせ、荷物持ちをさせよう。明日は今夜より冷えるらしいから、夜は鍋がいいかもしれない。 ――そうして、次の日。潔は気まぐれを起こした。 普段より長い距離を走り込み、クールダウンとブランチを済ませてから空港に向かった。一応有名人なので目立たない色のパーカーを着てキャップを深くかぶり……イングランドから帰ってくるライバルを迎えてやるのもいいと思ったのだ。 到着ロビーにはすでに大勢のファンや報道陣たちが選手たちの帰国を待っており、警察が整備をしていた。検疫などで時間がかかると踏んでのんびりやってきた潔は、帰ってきた三人の顔や所属しているチームを思い浮かべて「そりゃそうだよな」と納得した。イングランドを拠点に活躍している華やかな面々は、プレーもそうだが顔の造形がとても良い。 「――ぅわっ」 誰かが「出てきたぞ!」と叫ぶと同時に、拍手と歓声が上がった。海外の人気俳優が来日した時みたいだなと思っていると、潔は後ろの人に押されて倒れかけ、咄嗟に空間認識能力を使って人の隙間をすり抜けようとしてもみくちゃにされ、もがいていたら一番前に出てしまった。ロープの存在を腹のあたりに感じながら、まあいいかと前を向く。 一団の頭から飛び出た癖毛を揺らし、潔に泊めてと甘えてきた張本人はあくびをしながらのんびり歩いている。スマートフォンを気にしつつ歓声に顔を上げ、ギャラリーを目にして辟易したような表情になる。そして律儀に手を振っている玲王に笑顔のまま後頭部を引っ叩かれた。 スマートフォンを気にしているのは、おそらく潔が返信をしていないからだ。画面を見ては拗ねた子供のように唇を尖らせている彼の様子に思わず相好を崩し、もう少し眺めたら電話をしてやろうと思った。 世界を舞台に競い合い、エゴをぶつけあい、闘志で殺し合うライバルでもあるので、情報や活躍はニュースと動画で追っていたし、対戦も何度もしたが、オフシーズンに本人を目にするとやはり懐かしさや気安さが前に出る。三人とも元気そうだな、と思いながら眺めていると、ふと凪がこちらを向いた。 (お) この後会った時にネタにしてやろうとスマホで写真を撮っていた潔は、立ち止まってじっとこちらを見ている凪と目が合い、軽く手を振った。気付かれたかな、と思ったところで凪がこちらへ歩いてくる。 「凪? どした?」 一団を抜け、ギャラリーの方に歩いていく凪に千切が声をかける。潔の周囲は、近付いてくる凪に色めき立った。まさかあの凪選手がファンサ!? うそ、こっち来るよ!? なんで!? ファンサービスを求める声を無視した凪はぴたりと潔の前で立ち止まり、潔のキャップを取り上げた。 「やっぱ潔だ」 ぎゃあ、うそ、と図らずも潔を囲んでいた人たちが一歩下がる。潔はスマートフォンがこちらに向くのをひしひしと感じて気が遠くなった。 「勘弁してくれ……」 身バレをされるとは思っていなかった潔は手のひらで顔を覆ってしまったため、上機嫌に口端を釣り上げた凪の次の行動から逃れられなかった。 「よっ」 「へ、――わっ」 凪は潔の両脇に手を入れて抱き上げるとロープを超えさせ、そのまま映画のワンシーンのようにくるりと回って抱き締めた。 「潔、会いたかった。今日は俺、鍋がいい」 そのまま潔は俵抱きにされ、腹を圧迫されて「ぐぇ」と潰れた声しか出せなかった。返事どころではない潔のことなど気にせず、注目を完全に無視した凪は到着ロビーに入った時とは打って変わった軽やかな足取りで、わざわざ待っていてくれた千切と玲王のところへ戻った。 「潔ゲットした」 機嫌良くピースサインを作る凪に、うんうんと頷いた二人は、ぽんと潔の肩を叩いた。人の不幸は蜜の味という顔をしているに違いない、と潔は思った。 「お疲れ。映画みたいだったぜ」 「悪いな潔、SNSの炎上は金の力では解決できない」 潔はもう一度「勘弁してくれ……」と潰れた声で呟いた。 もちろん、SNSは『まるで再会を喜ぶ遠恋中のカップルのよう』『仲良いと思ってたけどここまでとは』『凪選手のあんな顔初めて見た』『ウチも今夜は鍋にしよ』と炎上したし、二人で鍋をつついている時に蜂楽が爆笑しながら電話してきた。